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スタメンアーカイブ修正1954・1955

★1954年

大阪(阪神) 9/30 対洋松戦(大阪) ホーム洋松 ビジター阪神

洋松 9/30 対阪神戦(大阪) ホーム洋松 ビジター阪神

広島 6/8 対阪神戦(神戸市民) → ビジター
    10 対阪神戦(日生) → ビジター

近鉄 7/1 対高橋戦(岡山) → ビジター

高橋 4/3 対毎日戦 球場 甘松 → 浜松(しょうもない入力ミス)


★1955年

広島 8/9 対阪神戦 球場 西條 → 福山

阪急 8/23・24・25 対近鉄戦(西宮) ホーム近鉄 ビジター阪急

近鉄 8/23・24・25 対阪急戦(西宮) ホーム近鉄 ビジター阪急

大映 5/11・12 対毎日戦(後楽園) → ビジター


たばともさん、ありがとうございました。
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スタメンアーカイブ修正2件

1951年大映5月17日対西鉄戦
2番酒沢のポジション 4→9

1959年南海4月21日対東映戦
3番杉山のポジション 9→3

なお、今日と23日の修正は
ゆきおさんのご指摘を受け行いました。
どうもありがとうございました。

10/30
1959年は大映でなく南海でした。
コピペしたまま忘れていました。

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スタメンアーカイブ修正1件

1963年阪神8月15日対国鉄戦第2試合
2番朝井のポジション 4→5
安藤と被ってました。

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スタメンアーカイブ修正

★1952年★
■讀賣
6/3 対松竹戦 球場 川崎 → 川越
10/1~10/3 対国鉄3連戦 讀賣はビジター

■大阪(阪神)
5/8 対広島戦 球場 甲子 → 日生

■広島
5/8 対阪神戦 球場 甲子 → 日生
7/26 対大洋戦 球場 広 → 広総
9/3 対国鉄戦(呉二河) ホーム国鉄 ビジター広島

■国鉄
9/3 対広島戦(呉二河) ホーム国鉄 ビジター広島 

■松竹
6/3 対巨人戦 球場 川崎 → 川越

■毎日
9/23 対大映戦第1試合(後楽園) ホーム毎日 ビジター大映

■西鉄
4/5 対南海戦 スコア 2-7 → 4-7

■近鉄
9/16 対大映戦(大阪) ホーム大映 ビジター近鉄

■大映
9/16 対近鉄戦(大阪) ホーム大映 ビジター近鉄
9/23 対毎日戦第1試合(後楽園) ホーム毎日 ビジター大映


★1953年★
■讀賣
8/13 対国鉄戦 球場 後楽 → 福島

■広島
8/30 対名古屋戦
第1試合 ● 1-3
第2試合 ○ 4-2
(勝敗・スコアが入れ替わっていました)

■国鉄
8/13 対巨人戦 球場 後楽 → 福島

■阪急
10/6 対毎日、大映戦ダブルヘッダー
第1試合 毎日 ○ 5-4
第2試合 大映 ○ 3-0
(第1試合と第2試合を取り違えていました)

ダブルヘッダーのスコアと球場データに関しては、
「日本プロ野球70年史・記録編」を見ながら入力したのですが
これらの誤りは「週刊プロ野球 セ・パ誕生60年」でも修正されていないんですよねえ。
たばともさんご指摘有難うございました。

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資料集正誤表upしました

今回の検証作業で変更した箇所を「資料集 正誤表」に掲載しました。
見辛いと思いますがご容赦下さい。

加えてスタメンアーカイブも修正しています。

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細かすぎるけど重要なこと2

昨日に引き続き、私の前に立ちふさがっている難問。

1950年11月12日対国鉄戦、広島は「3番・セカンド樋笠一夫、8番・レフト高木茂」両選手を
スタメン起用したことが当時の産経新聞のボックススコアには掲載されています。

ところが、他のどの新聞(そもそもこの頃ボックススコアを掲載している新聞が少ないのですが)も
「3番・レフト樋笠、8番・セカンド田所重蔵」と掲載されており、産経新聞以外には
「3番・セカンド樋笠、8番・レフト高木」を見つけることはできませんでした。

集計のルールである多数決からすれば「3番・レフト樋笠、8番・セカンド田所」とすべきところなのですが
これだけは譲れず、スタメンアーカイブにも「3番・セカンド樋笠、8番・レフト高木」の方を掲載しています。

というのも、この試合で樋笠が二塁、高木が外野を守っている(高木はこの試合に出場していることも加えて)
ことにならないと、オフィシャル・ベースボール・エンサイクロペディアの守備位置別出場数と一致しないからなのです。
エンサイクロペディアにも僅かですが集計ミスはあり、私は100%信用していないのですが、
この2選手についてはエンサイクロペディアの数字に沿った扱いをしています。

正解はどちらなのでしょうか。
東京ドーム内の野球体育博物館に行けば解決するんですかね。

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細かすぎるけど重要なこと

実のところ今回のデータ再検証において3件が難問となっています。
今日はそのうちの2件。

まずは1956年3月22日大洋・椙本勝外野手の守ったポジションについて、
「89 (途中出場でセンター→ライト)」
・・・日刊スポーツ、大阪日刊スポーツ、西日本新聞&スポーツ、神戸新聞、京都新聞、中国新聞
「9 (途中出場でライト)」
・・・スポーツニッポン(大阪)、讀賣、毎日、朝日、産経新聞&スポーツ、中日新聞&スポーツ、

以上のように2派に分かれています(後者の方がメジャーではありますが)。

もう1件は、1959年8月25日讀賣・河野正外野手の守ったポジションについて、
「97 (途中出場でライト→レフト)」
・・・日刊スポーツ、大阪日刊スポーツ、讀賣、産経新聞&スポーツ、中日新聞&スポーツ、
「7 (途中出場でレフト)」
・・・毎日、朝日、デイリースポーツ、神戸、西日本新聞&スポーツ、京都、中国

こちらは甲乙つけ難い互角の勝負か?

一般紙からデータ収集している時、異なる表記がある場合は多数決で決めていました。
ではこれらのケースはどう判断すればいいのか。さんざん迷いましたが
今回、椙本勝外野手は「89」、河野外野手は「97」と決めました。

ほんとに細かいことですが、私にとっては重要なのです。
NPB-BISを覗ける方、内緒で教えていただけませんでしょうかねえ。
残る1件は明日にでも。

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今後の予定

約5ヶ月ぶりの更新です。
今シーズンの公式戦も今週末で全日程終了ですね。
ということで、当サイトおよび資料集について今後の予定をお知らせしたいと思います。

まず、この5ヶ月間サイトもブログも更新せずに何をしていたかを申しますと、
春先に横浜市立中央図書館(何かとお世話になりました)まで遠征、
コピーし入手した1950年代全試合分の日刊スポーツのスコアと
資料集のデータを照合する作業をずーっと続けていました。

データ量は当然スポーツ紙>一般紙なのでこの10年分で約30件の修正箇所が見つかりました。
(逆に途中出場選手名の記載漏れは当時のスポーツ紙の方が多かったのですが・・・)
この作業は先月末に終了しました。

で、現在は同時進行で以下の作業を行っています。

1. 資料集正誤表の作成
 先に書いた検証作業で明らかになった変更点をサイト内に「資料集正誤表」として掲載。
 今週末もう1度国会図書館関西館に行って最終確認→ページ作成
 次の連休中には間に合わせたいと思います。同時にスタメンアーカイブの修正も。

2. 今季のデータ集計
 12チーム中5チーム分終了

3. 資料集「個人別」のA4化
 1950-2008年の段階で既に410ページ(厚さ2cm超)、メール便の厚さ制限から
 1950-2009年は2部に分割という形でしたが、A4化することにより1950-2010年は
 約350ページに収まりそうです。
 なお、「年度別」「個人別」は今月末には完成の見込みです。
 
サイト内の記事更新は上の作業が終わってからになります。

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